劣等感を認めてあげる必要性って?




「優越コンプレックス」
つて知ってますか?







昨日の記事に少し出てきましたが、
優越コンプレックスというのは、
自分が人よりも優れた環境にいると人を見下したり、
自分の境遇を過度に自慢しちゃう、
といったようなこと。




多くは、劣等感を「克服できない」と感じて
それを隠すために優越感を得ているようです。




そうなんです。




優越コンプレックスは、劣等感からの逃げ場になりがちってことです。




昨日の記事の、あげ子、さげ子の例でいくと、
さげ子のつぶやき
「いや、わたしなんてまだまだやからこの位でいいわ」
に健全に対処できないときに
あげ子を発動させるということ。




さげ子のつぶやきをなかったことにしたとしても、
やっぱりあげ子の主張「いや、わたし、もっとできるで!」
も完全無視することはできないのです。
(これをアドラーの目的論で考えると、
究極のところ、やっぱり自分を守るためなんですけどね(*^^*))




そこでどうなるかというと、
自分が他人より優位なところを自慢したり、
相手を自分より下だと見下したり。




さげ子の声を無視するということは、
自分の価値を下げたままにする、ということ。




強い言い方をすると、
自分の一番の味方は他でもない、自分なのに
その自分を見放す、というような感じかな。




それでもやっぱり自分を見放すことができないとき、
相手を見下したり過度に自慢したり、という
優越コンプレックス発動ーーーーーー!!!
になっちゃうんですね。




優越コンプレックス発動させちゃうと、
人とのコミュニケーションも取りづらい。。。




要は、守り方(行動)の問題です(*^^*)




さげ子の存在を認め、
彼女の声にも耳を傾けてあげる。




これだけでも、心の中のさげ子は気持ちを和らげるだろうし、
以前書いた劣等コンプレックスや、
優越コンプレックスを使わなくとも
自分の表現したいことはできるようになっていきます(*^^*)




いつだって、どんな時だって
わたしたちは自分を守るために行動しています。




その声にお応えして、
どんどん自分の表現したいことを「建設的に」表していきましょう♡








0コメント

  • 1000 / 1000