①自分の人生を引き受ける判断基準は?

(フレッシュハーブティーの緑がとってもきれい!)



誰にだって、多少は劣等感がありますね。



「友達が少ない」

「鼻が低い」

「仕事でいつも失敗ばかり」

「いい大学に行けなかったから自分の人生はしょせんここまでだ」

などなど。



劣等感を頭に思い浮かべては、

「どうせ、人生そう上手くはいかないよ」

と嘆きたくなる時も。



だけどね、アドラーは、劣等感を
「健康で正常な努力と成長への刺激」
であるとし、

劣等感を抱くのは人間だったら当たり前、

と捉えていました。



そう、いいんですよ、劣等感を持っていたとしても。




ただし、劣等感が「非建設的(破壊的)な対応」
に傾きすぎると、
生活に支障をきたすこともあります。



例えば、幼少期から親から暴力を受けていたとします。



ここで「建設的(創造的)な対応」をするとなると、

→親を反面教師として、自分のパートナーや子どもには暴力しない。




一方、「非建設的(破壊的)な対応」をするとなると、

→親と同じようにパートナーや子どもに暴力をふるう。

ということに。




わたしたちは、
時に環境のせいにしてしまう時もありますが、

自分の人生は、自分で決めることができるのです。



これを、アドラーは

「自己決定性」

と呼んでいます。



そんなわたしたちが自己決定をする時に

自分の中で採用している判断基準があるのですね。



と、ここまで書いて
次の用事へ向かう時間になってしまいました。



続きは後ほど書きますね♪










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